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あの日の声を探して

  あの日の声を探して

 

 鴨居で「龍三と七人の子分たち」を観たあと、川崎まで移動しての観賞。わざわざそんなことしなくても、そのままいればTOHOシネマズららぽーと横浜で上映されるんだけど、時間が合わないのとショッピングモールにオッサンの居場所はないんです。それにしても人口減少局面に入った日本とは思えない賑やかさですJR川崎駅前。もっともあの中の何人が日本人なのか?と思ってしまう今日この頃。

 

 伝えないTV、新聞を批判するのは“死体を蹴る”ようなもので、せっせと自分で情報を収集して整理して飲み込んで、身体に染み込ませていかないと“生きた心地がしない”21世紀。Kindleで読む習慣が板につき始めていますが、NEXT WORLD 未来を生きるためのハンド・ブック人工知能は人間を超えるかは本ではなく、ジャーナルに感じる。

 

 Kindleでダウンロードした書籍を読み、インターネットを使ってせっせと情報更新していても無知からの解放は程遠くて、やはり情報の塊=映画によって世界の出来事にも触れたい。あくまで副次的な要素ですけれど、地図上で遠い国であってもチェチェンで起こっていることは無関係ではない。だってかの国に侵攻したのは日本のお隣さんロシアなんですから。

 

 「5デイズ」「オーガストウォーズ」を比べても描き方はまるで違うし、「マイウェイ12,000キロの真実」「カティンの森」などはソビエト連邦の恐ろしさを伝えている。ナチが敵役だけに「スターリングラード」も善玉はソビエト兵だけど、ずさんな軍の実態はきっちり描かれていた。今回もロシア兵がどういう代物かを教えてもらって監督に感謝です。我が国の自衛隊とは、まぁ次元の違うお話ですよ。

 

 もっともロシアの酷さだけを描くのが本作の目的ではない。1999年に起こったことに遅れて接する我々に強いメッセージを残している。未見なんだけど「山河遥かなり」のリメイクなのだそう。新たにお話を作っても良いけれど、あえて第二次世界大戦下を描いた作品のリメイクにすることは、作り手にとって重要だったのでしょう。“何年経っても人間は繰り返している、学んでいない”ってね。

 

 両親を目の前で殺されたハジは話すことができなくなってしまう。観ているコチラもやはりその場面に声を失う。「スパイレジェンド」の背景にあった物語を、生々しく見せつけられているようだ。赤ん坊の弟を預けて、9歳の彼は非戦闘地域まで生き延び、EU職員のキャロルと出会う。極力エモーショナルな音楽を排して、淡々と戦争の傷跡を見せつける描き方には説得力がある。

 

 すぐに2007年の「あなたになら言える秘密のこと」が思い出されますが、国際的な組織といっても万能ではない。ベレニス・ベジョ演じるキャロルは国連の人々に訴えるけど、聞いている面々の表情は真っ平らだ。それが良いとか悪いとかではなく、まさに我々を代表する人々なのだから、反応の鈍さを罵ったところでどうすることもできない。キャロルの同僚だってやって来る新世紀に夢中なのだ。

 

 でも、現状を映しながらも人間を描くのが映画。ちょっとずつキャロルと距離を縮めてきたハジが話し始めると、やはり涙が滲んでしまう。この生理現象は殺戮動物=人間に備わった救いなんでしょう。「アーティスト」の騒ぎが瞬く間に忘れられたミシェル・アザナヴィシウスですけれど、なみの覚悟じゃない。ちょっとやそっとではビクともしない、戦車の禍々しさだってちゃんと刻んでいる。

 

 「世界の果ての通学路」がアドベンチャーに見えるのは、戦闘地域の子供たちを登場させていないからだ。スーダンでもソマリアでもアフガニスタンでもイラクでも無理。ハジ役のアブドゥル君は熱演で、ベレニス・ベジョが彼を引き立たせ、アネット・ベニング(「ルビースパークス」はオススメ)も文句なしだった。ロシア軍事情のパートを担った若者も凄く、ハジのお姉さんの人も自然。

 

 この現実にマスコミは目を向けないかもしれないし、TVの映す“昭和時代の夢の中”で生きている人々も無関心だろう。でもミニシアターランキングでは1位が「セッション」で、本作は3位になっている。シフトしている世界に適応している日本人は確実にいるし、そうしないと生き残れない時代。過度に批判することなく、希望を刻んで幕となる映画を作ってくれた人々に感謝。

 

現在(4/26/2015)公開中
オススメ★★★★☆

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  ある過去の行方

 

 「別離」でこの監督アスガー・ファルハディの実力に唸ったくせに、けっきょくスルーして、けっきょく大損だったスゲェ1本。IT化による昨今の大きな流れが、人間を機械に合わせて鋳型にハメようとする力も含まれるとすると、抗うには人間そのものをもっと掘り下げる必要がある。多くの作品が商用に偏り過ぎるために、どーしても薄くなりがちなむき出しの人間描写に圧倒されてしまう。

 

 込み入って煩わしいのが人間関係で、人はそれぞれ複雑で、物語があって初めて整理がつくのだと改めて思い知らされる。「あの日の声を探して」のベレニス・ベジョも美貌はそのままに生々しい登場人物になっている。本作の骨組みは煩わしい事ばかり。離婚の手続きに来た男が訪れる元妻の所には、既に結婚を控えた男の息子が住んでいて、血の繋がらない長女は家に寄りつかない。

 

 イランからわざわざ来るアーマドが、なんとかまともなラインに留まっているから観客は取り残されずに物語についていける。ベレニス・ベジョ演じるマリー=アンヌが男を次から次へと取り替えるから起きた悲劇なのかというと、原因はもっと複雑に絡み合って、とてもじゃないけど説明不能です、ぜひご覧になってご確認を。それにしても監督が指示しているところは覗いてみたいですね、なんであれだけ自然なんだろう?

 

 無理やり新しい家族の下で暮らせって言われたら、子供は反発するに決まっているし、植物状態の母親がいれば当たり前。自分の母親が3人目の男を連れてくれば思春期の女の子が家に寄り付かなくなるのは当たり前。では新しい男サミールとマリー=アンヌだけに観客の非難が集中するかといえば、作品が進行するに従ってどんどん抜け出せない迷路に迷い込まされてしまう。

 

 「別離」とは違ってフランスが舞台ですので、役者さんが識別できるのでちょっとホッとできました。長女リュシー役のポリーヌ・ビュルレは「エディット・ピアフ」に出ていたみたいですけれど、いずれ美貌全開になりそう。サミール役の彼はひょっとして?と思っていたら「サンバ」にも出ていたタハール・ラヒム。まるで同一人物に見えませんけれど、さすがです。

 

 終盤にこのまま投げっぱなしにして、観客のモヤモヤを残すエンディングでも良いのではと思ったら、その予想を見事にスカしてくれる。侮れません、イランの人が撮っているとは言え、大人の国フランスが舞台になっているとは言え、感動で締めくくってくれます。それは植物状態の妻の頬をつたう涙。もっともそれすら私めの勝手な解釈で、ひとそれぞれになりそう。スゲェとまたしても唸ってしまいました。「プリズナーズ」「そして父になる」もこの方向を試行していたような気がします
オススメ★★★★★ 

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