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ザ・マスター

  ザ・マスター

 

 蓮實重彦氏の著書(映画崩壊前夜)で知ってはいたし、家でも見ていたし、実力も分かっていた。ところが、とうとう6作まで見逃していた、合衆国にとって重要な映画作家ポール・トーマス・アンダーソン。劇場で彼の映画が観られるというだけで、初回9:15からの上映でも参上。春休みが未だ残っているだけに、大人向けの作品は早かったり、遅かったりします。加えてホアキン・フェニックスが主演で、本国では復活作などと言われるのかな?1つ前があのお騒がせモキュメンタリーだけにね。そしてテーマは“カルト集団の教祖との友情”というわけで、興味津々。「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」ではインチキ宣教師をボーリングのピンでメッタ打ちにしていただけに、成敗するような中身になっていることを密かに期待。是枝裕和「ディスタンス」「ときめきに死す」にも描かれた新興宗教、もちろん合衆国の原理主義者を描いたドキュメンタリーもある。

 

 ところがテーマはもっと別のところにあると勝手に解釈して、またまたこの監督への評価が上昇することに。まさにタイトルが示す通り、マスター(あるじ)を持てるのかどうか?更に信じるものがあるのか?21世紀の我々に問いかけているようです。集団のモデルはトム・クルーズも熱心なサイエントロジーという新宗教なのだそうですけれど、全く知りませんでした。その知識がない場合、この映画がどういう風に見えるかというと、一人の“迷える子羊”を、世間からは冷たくあしらわれている人々が救おうとしている姿を描いている作品。大企業に勤めたことありませんから、巨大な組織とは縁もゆかりもない。フィリップ・シーモア・ホフマンが率いる集団は、1ケタ単位の従業員で成り立つ、有限会社の雰囲気に似ていて、「世間がどうだろうと、オレたちゃ違う」で結束。ここに家族を持ってこないのは監督の真骨頂かもしれませんが、本作のあとで「ブギーナイツ」を見ると納得。

 

 もっとも子羊に扮したホアキン・フェニックスは、迷ったまんまで実にヤバい。入魂の芝居で、得体の知れない液体を作ることには抜きん出ているアル中。第二次世界大戦に従軍して生還したものの、1950年代の合衆国には生きられない。「ウォーク・ザ・ライン」でも堕ちていく男を演じていますが、さらに徹底している。土気色している顔が語っていて、いかにも肝臓が悪そう。前作ではデップリと突き出た腹でしたが、ガリガリです。たまたま彼を気に入ったフィリップ・シーモア・ホフマン扮するランカスター・ドッド、このふたりの友情とも師弟とも言える関係が本作の中心。さらにエイミー・アダムスが加わるんですけれど、彼女も順調にキャリア・アップしております。「人生の特等席」では父を心配しつつも、想われていた娘だったのに“集団の母”とも呼べる存在に。フィリップとは「チャーリー・ウィルソンズ・ウォー」で共演済みですが、「SHAME-シェイム-」もある21世紀だけに、手××のシーンまでやってしまうとはスゴイ。

 

 キャストも本気モードですけれど、この監督は人物だけでなく、風景であるとかモノを描写する才能に抜きん出ている。第二次世界大戦直後の合衆国をCG不使用で見事に再現している。最初の船のシーンを見ていると、「父親たちの星条旗」を思わせ、波しぶきにブルーが映えて絶品。ホアキン扮するフレディが、たまたま忍び込む結婚式が催されている船でも、夜の場面にすることで“引きの画”でも全然違和感がない。ウェス・アンダーソンは「ライフ・アクアティック」で違うことに用いましたが、撮影を工夫することで、特撮技術を用いなくても幾らでも1950年を再現できることを証明している。また百貨店内の写真店などは、時代記号としても実に重要。ショッピング・モール(「モール★コップ」)が台頭して消滅した風景だし、記念写真を撮るという習慣も合衆国では廃れて久しいのでしょう。おまけとして砂漠をバイクで疾走するトコは「世界最速のインディアン」のようで、ニヤニヤしてしまう。

 

 ヴィム・ヴェンダース(「パレルモ・シューティング」)が分かりやすいですけれど、モノを撮らせても絶品の監督は才能のある証拠。おまけにバイクが好きなのは「汚れ血」「ポーラX」のレオス・カラックスもですけれど、「ハードエイト」で既にソダーバーグコーエン兄弟を凌ぐ才能を示していた人だけに負けず劣らず。もちろんそれだけでなく、1950年の物語ながら、主を持てず、身の回りの全てのものに猜疑の目を向けている我々へ問いかけている内容では?アナキン・スカイウォーカーは才能があったのに、それをドブに捨てましたが(「スターウォーズVシスの復讐」)、箸にも棒にもかからないフレディを、自分の写し絵として見ると、実に苦いラストとなっております。苦い印象を残す作品は「ヤング≒アダルト」などがそうですけれど、ソッポ向かれちゃうんだよなぁ(アカデミー賞はノミネートのみ)。戦場に適応した人が辿る悲劇(「ハート・ロッカー」「ルート・アイリッシュ」)とも違う、不信の時代に適応してしまった我々を描いてみせたように感じて身に染みます。

 

現在(4/2/2013)公開中 
オススメ★★★★☆

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 ハードエイト

 

 未公開ながら、ソダーバーグコーエン兄弟をこの新人は超えていると感じさせるポール・トーマス・アンダーソンのデビュー作。クライム・サスペンスなれど、雰囲気で「イギリスから来た男」「アウト・オブ・サイト」に優っていて「ミラーズ・クロッシング」より現実的にハードボイルド。主演のフィリップ・ベイカー・ホールは「50/50」まで脇で得難いが、チラリ出演の「ミッドナイト・ラン」と役名が同じなのにニヤニヤしてしまう。アルバート・フィニー(「007/スカイフォール」)とかトム・ウィルキンソン(「声をかくす人」)とかジジイなんだけど、その存在感は映画には不可欠。フィリップ・ベイカー・ホール扮する得体の知れない紳士風の男が目をかけるしがない青年がジョン・C・ライリーで、本作の起用でロバート・アルトマンの「今宵フィッツジェラルド劇場で」に出演したのかもしれない。

 

 サミュエル・L・ジャクソンが出ていることで、クエンティン・タランティーノ(「ジャッキー・ブラウン」)とも見比べてしまうが、どーして未公開なのか不思議です。世界には未だ見ぬ才能がいっぱい埋まっているのだと実感。グウィネス・パルトローもねぇ「カントリー・ストロング」までダメ女を演じていないと勝手に思っていたけれど、「大いなる遺産」の前ですからね。フィリップ・シーモア・ホフマンがチラッと出てくるけれど、後に「ザ・マスター」で演じる役回りを目の前にして騒がしい若僧役。日常の実にうんざりする描写も含めて、並の新人じゃないなと思わせます。もっともデビュー作だけに多くの人々が納得する仕掛け、ジーンとくる場面などは今(2013)となっては貴重かもしれません。

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