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サイド・バイ・サイド フィルムからデジタルシネマへ

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 長くなったので、2ページになります

 ここ数年映画を取り巻く環境は変わっているなと肌で感じてきた。又聞きみたいな知識ながら、映画はフィルムで撮らずに、デジタルカメラを使用していることも知っていた。「マイアミ・バイス」はハイヴィジョンの効果を見せつけ、「モンスターズ 地球外生命体」とか「スカイライン征服」とかエイリアン映画に続々と新人監督が参入。1年を通して主演俳優の出演作を、数本拝むことも珍しくなくなった。マットナタリー「危険なメソッド」マイケル・ファスベンダーなど。嬉しいことばかりでなく、ミニシアター閉館(「声をかくす人」)に至るまで、なんでそんなことが次々に起こっているのか?の回答がこのドキュメンタリー。出演作を「フェイクシティ ある男のルール」以来ご無沙汰しているキアヌ・リーヴスが案内してくれます。彼は同年代の美男俳優、ピットデップに負けない映画人であることを本作で証明。ホアキン・フェニックスアレで世間をだまくらかしましたけれど、現時点(2012年)の映画を知るのに実に重要な1本。

 

 たまたまネットで見つけたこの作品、黄金町にあるジャック&ベティはエライ。「扉をたたく人」「ライク・サムワン・イン・ラブ」豪華2本立てを拝ませてもらったのもココで、横浜の老舗ミニシアターは前の建物から数えて60周年なのだそうな。年の初めに「善き人」を観た有楽町スバル座も65周年だったけど、続けていただきたいなぁ。常連さんを招いてパーティするなんて素晴らしい。さて肝心の内容はここ数年観てきた作品の裏舞台が、適切に覗けてウキウキです。出てくるのは監督だけではなく、撮影監督、編集、ポストプロダクションに関わる技術者、機材メーカーなどなど。フィルムからデジタルに移り変わると映画製作はどうなるかというと、まず時間が短縮される。以前だったら撮ったフィルムを現像して見られるのは翌日。そこからチェックが入って、修正して・・・。ところがデジタルカメラなら撮ったその場で確認できるし、取り直しも即時敢行。学生時代8mm撮っていたので身に染みる。時間制限=フィルムの長さは必ずついてまわり、準備不足もいけないし、グズグズしててもいけないし、現像されるまでは出来不出来も分からない。

 

 後にはナンセンスと言われてしまうかもしれないけれど、現時点ではデジタル化推進派とフィルム派が混在している。デジタル化推進の代表格はファンに怒られながらも愛されているジョージ・ルーカスと、デジタルでなければ3Dが成立しないだけにジェームズ・キャメロン。彼らだけかと思いきや、スティーヴン・ソダーバーグデヴィッド・フィンチャー、ロバート・ロドリゲスなども嬉しそうだ。ジョージがいち早くデジタル化していたのは2002年の「スターウォーズ エピソードU」でもよく知られている。メイキング映像を見ていると、映画撮影をしているのかCG素材を吟味しているのか分からなくなる。もちろん2009年の「アバター」などはCGで画面が覆われているんだから当然。ジョージもジェームズも若い頃、思い通りの画が撮れない歯がゆさを、進化するテクノロジーで解消しているかのよう。

 

 お気に入りの監督ソダーバーグフィンチャーの口にする本音は笑ってしまう。口を揃えて「デジタルにしないでどうする」と鼻息が荒い。「ドラゴン・タトゥーの女」の監督はMTV出身だけに、せっかちだなぁと思うけれど、チェ二部作(「チェ28歳の革命」「チェ39歳別れの手紙」)はデジタルカメラゆえの傑作。ロバート・ロドリゲスも低予算映画「エル・マリアッチ」から出発しているだけに、予算軽減にもつながるデジタル化で色んなことを試している(「シン・シティ」)。「マチェーテ」なんてわざわざ雨降らせてたもんね。中堅の監督が全部そうかと思いきや、なんとクリストファー・ノーランはフィルム派で、語り口が芸術家っぽい。有言実行の人で、なんと「ダークナイト・ライジング」はフィルムで撮影されているのだそうな。真っ暗なシーン満載なのに一体どんな技を用いたのか?「コラテラル」と見比べてみたい。

 

 フィルム撮影された作品とデジタルカメラを使用した作品の違いなんて、素人目には全然分からいなはずなのに、フィルム撮影された「マネーボール」は言うまでもなく、「ハンガー・ゲーム」が妙に印象に残っているのは偶然だろうか?酷評されても無意識に支持している作品が案外フィルムだったり、J.J.エイブラムスの作品(「SUPER8/スーパーエイト」「ミッション:インポッシブル/ゴーストプロトコル」)にオーソドックスな印象を受けるのもそのせいか?ま、この辺は良く分かりませんし、あまり突っ込んで考えたくない。ただ作り手は観客にどう見えるかは死活問題で、ジジイの監督たちだって積極的に取り入れている。「ヒューゴの不思議な発明」がまさにそれで、マーティン・スコセッシは余裕ですよ。機材が新しくなろうが撮影方法を心得ている人は、“カメラ変えるだけね”と思っているのかもしれない。

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 リトル・ブッダ 

 

 観ていたのに、スクリーンを見る機能が公開当時(1993年)備わっていなかったんだ、と改めて自分の感性の凡庸さにうんざりしながら、映像に恍惚となるベルナルド・ベルトルッチのお釈迦様映画。撮影監督ヴィットリオ・ストラーロの技術は観客に映画に酔いしれる時間を提供。坂本龍一のサントラは何度も聴いたが、実際は抑制されている。声高にチベットのことを訴えることなく、西洋人が作品世界に入っていける。そして彼らが輪廻天生とはなにか?に触れる映画でもある。それにしてもブータンとシアトルの対比が素晴らしくて、ため息が出る。方や都会だけに無機質なブルー、方や生命にみちみちているアジアの色彩の豊かさはどうだ。その中にあって、後のお釈迦様=シッダールタを演じたキアヌ・リーヴスはその美貌を、後にも先にもこれっきりというくらい全開にしている。ホント訂正します、坂本龍一の音楽に負けたなんて誤りでした。
オススメ ★★★★☆

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