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Pina / ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち

Pina / ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち  Pina / ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち

      

 「アバター」以来超えた!という作品にお目にかかれない3D作品。「インモータルズ−神々の戦い−」がなかなか迫ったという気がしたけれど、まさかあのヴィム・ヴェンダースが挑戦するとは。ワシにとっては2006年の「アメリカ、家族のいる風景」以来になったけど、実は2008年の「パレルモ・シューティング」をすっ飛ばしているので突然出現したような印象がある本作。ところが21世紀の写真家を描いた前作を遅ればせながら本作の後に見てみたら、なるほどちゃんとつながっている。昨年公開されていたのは知っていたけれど、都内のレイト・ショーじゃあ無理なのよ。

 

 さてジェームズ・キャメロンから始まって、ティム・バートン「アリス・イン・ワンダーランド」)もスティーヴン・スピルバーグ「タンタンの冒険/ユニコーン号の秘密」)もマーティン・スコセッシまで「ヒューゴの不思議な発明」で挑戦。若手監督は「バイオハザードW アフターライフ」のポール・W・S・アンダーソンが分かりやすくて、ゲームの映像世界に対抗している印象がある。もちろん先端を行っているヴェンダースが“若いコト”してもしょうがない、“新しいこと”をしてくれなくては。

 

 では3Dをどのように用いたか?ハッキリ言って説明不能です、劇場で体験していただくしかない。ぜひご覧になってご確認を。どこまでいっても陳腐な表現ですが、まるで眼前に舞台が繰り広げられているよう。「ブラック・スワン」がバレエの映画ではなく、心理サスペンスであったことが良く分かる。「パリ・オペラ座のすべて」でも現代の踊りに挑戦している人々が映されているけれど、この作品のピナ・バウシュは極点だったわけだ。メソッドで感動を誘発するのではなく、身体にある核を掴み、それが振動するので熱が発する。つまりは踊りが直接観客に訴えるわけで、無知は大損ですよ。

 

 監督がピナの踊りに魅了されているのは当然なれど、イントロダクションの意味合いもあるから、キチンと距離をおく演出がなされている。ピナの人となりを知っている人々の証言を入れるのは、人物に迫るドキュメントとしては王道なんだけど、ちょっと細工がしてある。ヴィム・ヴェンダースは彼女の偉業ではなく、具現化したものを映像に収め我々に指し示す。観客はダンサーが踊っている“瞬間”を見ていることで、体験できる“何か”をそれぞれ得ることが出来るし、3D技術はそれに相応しかったのでしょう。

 

 予告編で「えっ?ヴェンダース?」と思い、映像が凄そうで足を運んだけれど、平日の割にはけっこう入っていてびっくり。ピナ・バウシュという人は来日もしていて、本当は認知度も高いのだそう(高いパンフレットも宝物)。Coccoのドキュメントの時もまさか是枝裕和のファンはいまいと思いましたけれど、ヴィム・ヴェンダースのファンばかりではないですね。ピナ・バウシュって凄い人ですよ、既に故人だったなんてね・・・、でもこの作品によって生き続ける。

現在(3/2/2012)公開中
オススメ★★★★☆ 

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パレルモシューティング   パレルモ・シューティング

 

 ヴィム・ヴェンダース健在ではなく、彼が相変わらず先端を行っているのが良く分かる写真にまつわるロード・ムービー。なんで先端かというと、ごく日常に“ITガジェット”が自然に配されていることで、21世紀の今を過不足なく表現。「ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル」で時代記号はスパイの七つ道具にあると思ったけれど、我々が日々使っている道具を、生活の中に溶け込ませる描写はなかなかお目にかかれない。2008年のドイツでは日常でも、日本では2012年になってやっと分かる映画なのかもしれない。日々手放せないどころか、支配されているとしか思えない悪魔の機械=スマート・フォン。小型ながら大容量のネット端末ディバイス、それが醸し出すもの、生み出す環境などは実際に普及してみないと理解できない。

 

 主人公は写真家で、その仕事ぶりは説得力がある。もはや写してそのまま雑誌に掲載される写真は少なく、加工が施される。コンピュータでイメージも思いのまま。写真家が主人公だけに街の描写が素晴らしく、ドイツ出身の若手が合衆国で活躍している昨今ですけれど、年期の違いを見せつけている。「ブロークン」のショーン・エリスだって譲ってしまうし、デヴィッド・フィンチャーもこの巨匠に比べたら依頼仕事をキチンとしている。リドリー・スコットにしてもじじいのクセに、新しい映画を模索しているわけですね(「LIFE IN A DAY 地球上のある一日の物語」)。

 写真家に扮したカンピーノという人、バンドのボーカルなんだそうですけれど素晴らしいです。見飽きた顔が主役を担える映画ではない。「SOMEWHERE」のスティーヴン・ドーフや「ポンヌフの恋人」のドニ・ラヴァンより“強い顔”をしていて、独特。ヘッドフォンをしている彼が聴いている曲はどーだと言わんばかりのものばかりで、相変わらずサントラが欲しくなる(「夢の涯てまでも」)。被写体のミラ・ジョヴォヴィッチは自然で妊婦ヌードが美しい。ルー・リードも出てくるけれど、「アメリカの友人」以来のデニス・ホッパーはなんと死神役(シャーリーズ・セロンと共演した“sleepwalking”などもレンタル屋ストレート にしてくれないかと思ったりして)。

 

 「リスボン物語」は映画に疲れた監督がリスボンに行ってしまい、録音技師が彼を追う展開。人生に疲れ、パレルモを写して回る写真家にはデニス・ホッパー扮する死神がついていて、“写真の今”だけでなく、現代を死神との対話で語り合うところは見応えあり。自身を作品に反映させる「ベルリン天使の詩」の監督は写真家と死神を対峙させる事で、嘆いたり悲しんだりすることなく今を描いた。写真家の映画は「アニー・リーボヴィッツ」「毛皮のエロス」くらいしか知らないけれど、“写ると死ぬ”と言われた写真にまつわるお話で、21世紀が刻まれている傑作です。
オススメ★★★★☆

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