J・エドガー
「フェア・ゲーム」の時、映画館に向かう気力を起こさせてくれたのがクリント・イーストウッドの「戦略大作戦」。今回も余りのひどさに、生まれて初めて観ている途中で劇場を出ちゃった(タイトルはとても言えない)後の不信感(映画観るの止めようかな)を払拭するためにも、生涯現役監督の作品は必須だった。クリント・イーストウッド 最新作は良かったです、面白かったです、笑ったし、オマケとして歴史の勉強にもなった。新人監督と巨匠のチケット代は同じってのが映画の良いところでもあり・・・。
出来ればずーっと映画を撮っていて欲しい巨匠の新作は凄い。名前は知っていても実像は不明な人物を、2時間で分かった気になれるのは偉人伝の良いところ。初代FBI長官エドガー・フーバーの名前は聞いたことがあるし、映画のスミに出てきたこともある(「チャーリー」)。もっとも好意的に描かれた作品にお目にかかったことがない。確かにそりゃあそうです、この人は“どう考えたってそりゃあないだろ”を体現する合衆国の重要人物。禁酒法の頃からウォーターゲート事件に至るまで、FBIトップに君臨していたとは驚き。歴史の生き証人のはずなんだけど、最も異常な公務員。毎年内閣総理大臣がコロコロ代わるのは危機的状況なれど、王侯貴族じゃあるまいし、20世紀の公務員が同じポジションに50年に渡って就いているのは“どう考えたっておかしい”。
ロバート・デ・ニーロは「グッド・シェパード」でCIA成立を描きましたが、エドガー・フーバーという人を描くことでFBI(連邦捜査局)がどういう代物かも分かってくる。早い話がマザコンのホモで、自己顕示欲、執着心が強く、潔癖症。この人物描写がさすがで、見ていて一々うなずいてしまう。主演のレオナルド・ディカプリオもがんばってたけれど、彼がむしろ控えめでマザコンが一発で分かるようにジュディ・デンチ(「007慰めの報酬」)が支配欲の強い母親役。タバコ吸えとか肉食えとか、21世紀の今とは逆だけど、やってることは同じ(指図して管理)。もちろんホモだとは一度もセリフにされないんだけど、伴侶にして副長官を演じるアーミー・ハマーが全身から“ホモ臭”を発散しているかのように化けていて爆笑だった。「ソーシャル・ネットワーク」でもハーバードの学長に追い返されちゃう役だったけど、この人も上手い。もう1人秘書役のナオミ・ワッツを加えて、だいたいこの4人の主要人物で2時間以上全然退屈しない。
ま、エピソードをただ追っていけば興味津々ですよ。国家の一部局の長を代表である大統領はなぜクビに出来ないのか?マザコンのホモが執念で築き上げたFBIは一体何をやってきたか?ただ冷静に描くだけで、“どう考えたってそりゃあないだろ”の連続。「セブン」で図書カードから犯人に迫る部分があるんだけど、間違いなく皮肉だったことが分かる。潔癖症だけに指紋に執着しているけれど、「ゾディアック」くらいまで人々に浸透していない(せいぜい「マイファミリー・ウェディング」で茶化される程度)。映画館で指名手配を上映するけれど、「パブリック・エネミーズ」で笑われていた(意味がない)。有名になりたいだけにリンドバーグの子供が誘拐された事件にも首を突っ込んでいるけれど、冷静に描かれた本作を観ると実に怪しい(正直冤罪臭く見えた)。
ジョージ・クルーニーのような巨匠より年下の監督だと、メッセージが強調されて説教臭くなる(オリヴァー・ストーンもよく突っ込まれている)。ところが“済ました顔”で冷静に描けば、娯楽として映画を成立させることが可能だ、ということを巨匠はホントに良くご存知。「ゴースト・ライター」を見たお客さんとロマン・ポランスキーは余裕だよね、ということで納得だけど、これもオススメできる。オマケとして大西洋無着陸横断を成功させたリンドバーグに、不幸が襲ったことなども知ることが出来た。若手監督はちょっと遠慮しちゃうマザコン、ホモの描写もキッチリ。詐欺師も大金持ちもやってきたけれど、“異常性癖”を理由に人々を追放してきた張本人が、まさしく変態だった!をレオナルド・ディカプリオが演じきってます、ぜひご覧になってご確認を。前2作(「ヒアアフター」、「インビクタス負けざる者たち」)はマット・ディモンが主演を担いましたけれど、「ディパーテッド」から2人ともキャリアを順調に伸ばしている。でもさ、いくらなんでもこれはアカデミー賞には引っかからないよね。巨匠は怖いもの知らずです。
現在(2/11/2012)公開中
オススメ★★★★☆
関連作
現在も活躍するジジイの監督たち、ウディ・アレン、クリント・イーストウッド、マーティン・スコセッシ、スティーヴン・スピルバーグ、フランシス・フォード・コッポラ。新作を次々に作り続けている彼らに年代は近く、資金面も含めた製作環境だって問題ないはずのジョージ・ルーカスは、2005年の「スターウォーズ エピソードV シスの復讐」以来新作を監督していない。というよりいつまで経っても「スターウォーズ」以外の作品に着手していない。その一端を垣間見ることが出来るドキュメンタリーがコレ。SF映画の金字塔「スターウォーズ」が良くも悪くも多大な影響を持つ代物だけに、なかなか抜け出せない。「Virgina ヴァージニア」のフランシス・フォード・コッポラも登場して「彼はもっと映画を撮れるはずだ」と語っている。
ワシも「スターウォーズ」 を初めて観たときはあまりの凄さにぶっ飛んだし、劇場を後にした時足元がふらついた(小学校六年生でしたねぇ)。確かトリロジー・ボックス(DVD)の特典映像で、リドリー・スコットが「エイリアン」の宇宙船デザインに及ぼした影響は並大抵ではないと語っていた。「スターウォーズ」に触発されて映画監督を志したのはデヴィッド・フィンチャーだけではあるまい。ただあまりにインパクトの強い作品はファンを大量に生み出し、収拾のつかない状況を全世界に起してしまった。現在でも合衆国映画はシリーズを作っているけれど現象は起こらない。我が国にも熱狂的ファン=信者を生み出す作品は「ヱヴァンゲリヲン」があるけれど、海を渡って訪ねてくるマニア(「宇宙人ポール」のサイモン・ペッグが出ている!)を持つ作品はなかなかないです。知的な「スタートレック」と比べると面白いかも。
「宇宙戦艦ヤマト」も「機動戦士ガンダム」も適わないし、再編集版(悪くなかったけど)に怒るファンは真剣で、出てくる人々は「俺にも言わせろ!」、「ちょっとアタシにも言わせてよ!」という人が続々出てくる。それぞれが披瀝する持論によっては、鏡の中の自分を見ているみたい。ところがインターネットの中傷合唱みたいな中身かと思えば、「誰もがクジラを愛してる。」じゃないけれど、ちゃんと“みんなルーカスを愛している”に落ち着く。だからさ、コッポラみたいに人々が「えっ?」ってなっちゃうインディ系をCEO監督が撮っちゃえばいいのさ(と思っている彼のファンも確実に存在する)。少なくとも誰かさんみたいに権力への執着心から登りつめた人ではないんだから。
オススメ★★★☆☆